連載「量子ノート」第15回(非技術者でも理解できる量子技術)
膨大な組合せの中から最も良いものを選ぶ問題を、量子の力でどう解くのでしょうか。量子アニーリングは、問題を谷底探しに置き換え、量子のゆらぎとトンネル効果で最適な答えを目指す方式です。
- 量子アニーリングは、主に組合せ最適化問題を解くことを目指して開発された方式です。
- 問題を地形に置き換え、最も深い谷底を探すことで最適な答えを探します。
- 量子のゆらぎとトンネル効果で、浅いくぼみから別のくぼみへ移ることができます。
- 必ず最適な答えが得られるわけではなく、性能評価では比較の条件に注意が必要です。
執筆:弁護士・弁理士 内田誠(iCraft法律事務所)/執筆時点:令和8年9月
最適な組合せを探す問題
宅配便のトラックが10か所を回るとき、どの順番で回れば走る距離が最も短くなるでしょうか。10か所の並べ方は362万8800通りあり、20か所になると約243京通り(京は兆の1万倍)にふくれ上がります。地点が少なければ従来のコンピュータでも解けますが、地点や条件が増えると、候補をすべて調べるやり方はすぐに手に負えなくなります。そのため、実際には探す範囲を絞り込むさまざまな工夫が使われています。
このように、膨大な組合せの中から最も良いものを選ぶ問題を「組合せ最適化問題」といいます。配送ルート、工場の生産計画、勤務シフトの作成、金融商品の組合せなど、社会のあちこちに潜んでいる問題です。主にこの種の問題を解くことを目指して開発されてきた量子コンピュータの方式が「量子アニーリング」です。
答え探しを「谷底探し」に置き換える
量子アニーリングでは、問題を「でこぼこの地形」に置き換えます。組合せの一つひとつが地形の上の地点にあたり、答えが良いほど地点の標高が低くなるように地形を作ります。こうすると、最適な答えを探すことは、地形の中で一番深い谷底を探すことと同じになります。
難しいのは、地形にはたくさんのくぼみがあることです。ボールを転がすと、手近なくぼみにはまって止まってしまい、もっと深い谷底があっても気づけません。
焼きなましと量子のゆらぎ
アニーリングとは、金属を熱してからゆっくり冷ます「焼きなまし」のことです。従来のコンピュータでも、この発想をまねて、最初は答えの候補を大きく揺さぶり、だんだん揺れを小さくすることで、浅いくぼみから抜け出させる方法が使われてきました。
1998年、東京工業大学の門脇正史氏と西森秀稔氏は、この揺さぶりを熱の代わりに量子の性質で行う「量子アニーリング」を提案しました。量子のゆらぎを加えると、トンネル効果によって、答えの候補が山を越えずに別のくぼみへ移ることができます。このゆらぎを最初は強く、次第に弱めていくことで、最も深い谷底にたどり着くことを目指します。ただし、必ず最適な答えが得られるわけではないため、実際には何度も繰り返し実行し、得られた答えの良さを確かめながら使います。
実機と、その実力
2011年には、カナダのD-Wave社が量子アニーリングを行う装置を商用として販売し始めました。現在では、インターネットを通じて利用することもできます。
量子アニーリングは、どんな計算でもこなせる「ゲート型」の量子コンピュータとは違い、主に最適化問題への応用を目指して開発されてきた方式です。そのため、報道で量子コンピュータが話題になったときは、ゲート型とアニーリング型のどちらを指しているのかを見分けると、内容を正しく受け止められます。
また、量子アニーリングは、最良の方法を使った従来のコンピュータよりも本当に速く答えを出せるのでしょうか。2018年の時点では、説得力のある理論的な根拠や実験結果はまだないと指摘されていました。
2025年には、D-Wave社などの研究チームが、量子アニーリングの装置で磁石の性質を持つ物質のモデルの振る舞いを計算しました。そして、従来のコンピュータを上回ったとする成果を学術誌に発表しました。ただし、これは量子の振る舞いを再現する計算(量子シミュレーション)での成果で、配送ルートのような最適化問題を速く解けることを示したものではありません。性能を評価するときは、どんな問題を、どの従来の方法と比べたのかに注意が必要です。
よくある質問
- 量子アニーリングとゲート型の量子コンピュータはどう違いますか?
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ゲート型はどんな計算でもこなせることを目指す方式ですが、量子アニーリングは主に最適化問題への応用を目指して開発されてきた方式です。
- 量子アニーリングを使えば必ず最適な答えが得られますか?
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いいえ。必ず最適な答えが得られるわけではないため、実際には何度も繰り返し実行し、得られた答えの良さを確かめながら使います。
- 量子アニーリングは従来のコンピュータより速いのですか?
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2025年に従来のコンピュータを上回ったとする成果が発表されましたが、これは量子シミュレーションでの成果で、配送ルートのような最適化問題を速く解けることを示したものではありません。
まとめ
- 量子アニーリングは、主に組合せ最適化問題を解くことを目指して開発された方式です。
- 問題を地形に置き換え、最も深い谷底を探すことで最適な答えを探します。
- 量子のゆらぎとトンネル効果で、浅いくぼみから別のくぼみへ移ることができます。
- 必ず最適な答えが得られるわけではなく、性能評価では比較の条件に注意が必要です。
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本記事は、量子技術に関わる業務に携わっている弁護士である筆者が、大学時代の教科書や論文などを読み直し、自分なりの理解をまとめたものです。量子技術の専門家の方からご覧になると、不正確な点があるかもしれませんが、その点はどうかご容赦ください。
更新履歴:令和8年10月 公開(noteで公開した連載を改訂して掲載)
