デコヒーレンスとは?量子の状態が壊れる仕組みと対策をやさしく解説

デコヒーレンスとは?量子の状態が壊れる仕組みと対策をやさしく解説(法務ラボ|iCraft法律事務所)

連載「量子ノート」第6回(非技術者でも理解できる量子技術)

量子コンピュータは、なぜまだ大規模で実用的な計算をこなせないのでしょうか。大きな理由の一つが、量子の状態が周囲の環境に触れて壊れてしまう「デコヒーレンス」です。

この記事の要点
  • 量子ビットが熱や振動、電磁波などと触れ合うと、情報が環境へ漏れ出し、重ね合わせやもつれが損なわれます。
  • デコヒーレンスは、環境による意図しない観測と考えることができます。
  • 装置を極低温に冷やしたり、粒子を外の世界から切り離したりして、状態を守る工夫がされています。
  • デコヒーレンスと操作の誤差によるエラーが実用化の大きな壁で、量子誤り訂正の研究が進んでいます。

執筆:弁護士・弁理士 内田誠(iCraft法律事務所)/執筆時点:令和8年9月

目次

量子の状態はとても壊れやすい

量子ビットの重ね合わせやもつれは、量子技術の力の源です。しかし、これらの状態には大きな弱点があります。とても壊れやすいのです。

量子ビットが周囲の環境、例えばわずかな熱や振動、電磁波、まわりの原子などと触れ合うと、量子ビットの情報が少しずつ環境へ漏れ出していきます。すると、計算に使う量子ビットだけに注目したとき、重ね合わせによる干渉が見えにくくなり、計算に必要な量子ビットどうしのもつれも損なわれることがあります。その結果、量子ビットは普通のビットに近い振る舞いしかできなくなってしまいます。この現象を「デコヒーレンス」といいます。

環境による「意図しない観測」

デコヒーレンスは、環境による意図しない観測と考えることができます。量子の状態は観測によって変わってしまいますが、観測するのは人間や測定装置だけではありません。空気の分子がぶつかったり、熱による光が当たったりするだけで、量子ビットの情報が環境に記録され、観測されたのと同じような結果になるのです。

身の回りの物体で重ね合わせの干渉が見られないのも、主にこのためです。猫やボールのような大きな物体は、常に膨大な数の空気の分子や光とぶつかっているため、重ね合わせはたちまち壊れてしまいます。有名な「シュレーディンガーの猫」は、箱に閉じ込めた猫が、生と死の二つのありさまを重ねて持つことになるという思考実験です。この思考実験が現実には観測されない理由の一つは、ここにあります。

冷やし、隔て、急ぐ

量子コンピュータの研究者たちは、デコヒーレンスとの戦いを続けています。超伝導回路を使う方式では、熱による乱れを減らすため、装置を絶対零度(マイナス273.15度)にごく近い温度まで冷やします。イオンや原子を使う方式では、真空の容器の中で、電場やレーザーを使って粒子を宙に閉じ込め、外の世界からできる限り切り離します。

それでも、量子ビットが状態を保てる時間(コヒーレンス時間)には限りがあります。そのため、誤り訂正を使わない場合は、状態が壊れる前に計算を終えられるよう、量子ビットをできるだけ速く正確に操作しなければなりません。

実用化の最大の壁

現在の量子コンピュータが、まだ大規模で実用的な計算をこなせない大きな理由が、このデコヒーレンスと、操作のわずかな誤差によって生じるエラーです。計算が長くなるほど、エラーは積み重なっていきます。

この壁を乗り越える切り札として研究が進んでいるのが「量子誤り訂正」です。一方で、量子の状態が周りの変化に敏感であることを生かして、わずかな環境の変化を検出する「量子センシング」という技術もあります。デコヒーレンスは、量子技術の難しさと面白さの両方を象徴する現象です。

よくある質問

身の回りの物体で重ね合わせが見られないのはなぜですか?

猫やボールのような大きな物体は、常に膨大な数の空気の分子や光とぶつかっているため、重ね合わせがたちまち壊れてしまうからです。「シュレーディンガーの猫」が現実に観測されない理由の一つもここにあります。

デコヒーレンスを防ぐためにどんな工夫がされていますか?

超伝導回路を使う方式では装置を絶対零度にごく近い温度まで冷やし、イオンや原子を使う方式では真空の容器の中で粒子を宙に閉じ込めて外の世界から切り離します。それでも状態を保てる時間には限りがあるため、量子ビットをできるだけ速く正確に操作する必要があります。

量子の状態が壊れやすいことに利点はありますか?

はい。量子の状態が周りの変化に敏感であることを生かして、わずかな環境の変化を検出する「量子センシング」という技術があります。

まとめ

  • 量子ビットが熱や振動、電磁波などと触れ合うと、情報が環境へ漏れ出し、重ね合わせやもつれが損なわれます。
  • デコヒーレンスは、環境による意図しない観測と考えることができます。
  • 装置を極低温に冷やしたり、粒子を外の世界から切り離したりして、状態を守る工夫がされています。
  • デコヒーレンスと操作の誤差によるエラーが実用化の大きな壁で、量子誤り訂正の研究が進んでいます。

量子技術に関わる共同研究開発契約・ライセンス契約、特許による技術の保護、外為法規制対応など、具体的な事案については弁護士にご相談ください。iCraft法律事務所でもご相談をお受けしています。

連載「量子ノート」


本記事は、量子技術に関わる業務に携わっている弁護士である筆者が、大学時代の教科書や論文などを読み直し、自分なりの理解をまとめたものです。量子技術の専門家の方からご覧になると、不正確な点があるかもしれませんが、その点はどうかご容赦ください。

更新履歴:令和8年10月 公開(noteで公開した連載を改訂して掲載)

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この記事を書いた人

弁護士・弁理士(iCraft法律事務所)。京都大学工学部物理工学科卒業。生成AI・データ利活用・システム開発・知的財産、量子技術・宇宙・メタバース等のディープテック分野の法律問題を専門的に取り扱う。経済産業省「AI・データ契約ガイドライン検討会」作業部会委員、日本弁護士連合会「AI戦略ワーキンググループ」委員、日本弁理士会特許委員会副委員長などを歴任。

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