連載「量子ノート」第2回(非技術者でも理解できる量子技術)
量子の「重ね合わせ」とは、単に結果を知らないだけの状態なのでしょうか。違います。小さな粒は両立しない二つの状態を同時にあわせ持ち、そのことは二重スリット実験で確かめられています。
- 重ね合わせは、両立しない二つの状態を同時にあわせ持つ性質です。
- 本当はどちらかに決まっているのに、知らないだけという状態とは違います。
- 二重スリット実験の縞模様は、重ね合わせによる干渉で説明できます。
- 大きなものではデコヒーレンスにより、干渉がすぐに観測できなくなります。
執筆:弁護士・弁理士 内田誠(iCraft法律事務所)/執筆時点:令和8年9月
身の回りのものは「どちらか一つ」
私たちの身の回りのものは、いつでも「どちらか一つ」の状態にあるように見えます。部屋の電気はついているか消えているかのどちらかですし、ボールは右にあるか左にあるかのどちらかです。見ていないときも、どちらかに決まっていると考えて困ることはありません。
ところが、電子や光の粒(光子)のような、とても小さな世界では事情が違います。小さな粒は、「右にある状態」と「左にある状態」のように、ふつうは両立しない二つの状態を、同時にあわせ持つことができるのです。これを「重ね合わせ」といいます。
単に「知らないだけ」とは違う
重ね合わせは、「本当はどちらかに決まっているけれど、私たちが知らないだけ」という意味ではありません。ここが一番大切なところです。
例えば、二つの箱のどちらかにボールを1個入れて、ふたを閉めたとします。私たちにはボールがどちらの箱にあるのか分かりません。しかし、ボールはどちらか一方の箱に必ず入っています。これは単に「分からない」だけの状態です。
小さな粒の重ね合わせは、これとは違います。粒は、右の箱にいる可能性と左の箱にいる可能性の両方をあわせ持ったまま、どちらとも決まっていない状態にあります。そして、観測すると、どちらか一方の結果が得られます。ここでいう観測は、人が目で見ることではなく、装置や周りの環境とのやり取りによって、粒がどちらにいたかという情報が記録されることを指します。
実験で確かめられている
重ね合わせは、単に「どちらの経路を通ったか知らないだけ」の状態と、どう違うのでしょうか。その違いを示すのが「二重スリット実験」です。
板に細い隙間(スリット)を2本あけ、その向こうにスクリーンを置きます。そこへ向けて電子を1個ずつ飛ばします。電子がボールのような粒で、どちらか一方の隙間だけを通るのなら、スクリーンには、それぞれの隙間を通った電子の分布を単純に足し合わせた模様ができるはずです。
ところが実際には、電子を1個ずつ飛ばしているのに、たくさん集まるとスクリーンには何本もの縞模様が現れます。この縞模様は、二つの隙間から出た波が重なり、強め合ったり打ち消し合ったりしたときにできる模様です。つまり、電子1個1個が、両方の隙間を同時に通る波のように振る舞ったと考えると、うまく説明できるのです。
量子力学では、これを「左の隙間を通る状態」と「右の隙間を通る状態」の重ね合わせとして表します。日立製作所の外村彰氏らが1989年に発表した実験では、二つの隙間の代わりに、電子の通り道を左右に分ける「電子線バイプリズム」という装置を使いました。そして、この様子を実際に映し出しました。量子の不思議さを示す代表的な実験として知られています。
さらに、電子がどちらの隙間を通ったかを区別できる仕掛けを加えると、縞模様は消え、それぞれの隙間を通った電子の分布を足し合わせた模様になります。どちらを通ったかが記録されると、電子だけを調べても干渉が見られなくなるのです。
なぜ身の回りでは見られないのか
それなら、ボールや猫のような大きなものも、重ね合わせになってよさそうです。しかし実際には、大きなものは空気の分子や光と絶えずぶつかっていて、そのたびに周囲から「見られている」のと同じことになります。そのため、重ね合わせによる干渉はすぐに観測できなくなってしまいます。
この現象を「デコヒーレンス」といいます。身の回りのものがいつも「どちらか一つ」に見える大きな理由の一つです。
量子技術での役割
量子コンピュータの「量子ビット」は、この重ね合わせを利用しています。普通のビットは0か1のどちらかですが、量子ビットは0と1の両方をあわせ持つことができます。この性質のおかげで、たくさんの可能性を一度に扱うことができます。
ただし、最後に結果を読み出すと、答えはどれか一つに決まってしまいます。そこで量子コンピュータは、二重スリット実験の縞模様と同じ「干渉」の仕組みを使って、正しい答えが出やすくなるように計算を組み立てます。重ね合わせは、量子技術のすべての出発点となる性質です。
よくある質問
- 重ね合わせは「どちらか分からないだけ」の状態とどう違うのですか?
-
箱に入れたボールは、分からなくてもどちらか一方の箱に必ず入っています。小さな粒の重ね合わせは、両方の可能性をあわせ持ったまま、どちらとも決まっていない状態です。
- ここでいう「観測」とは、人が目で見ることですか?
-
いいえ。装置や周りの環境とのやり取りによって、粒がどちらにいたかという情報が記録されることを指します。
- なぜボールや猫のような大きなものは重ね合わせに見えないのですか?
-
大きなものは空気の分子や光と絶えずぶつかり、周囲から「見られている」のと同じことになるためです。この現象をデコヒーレンスといいます。
まとめ
- 重ね合わせは、両立しない二つの状態を同時にあわせ持つ性質です。
- 本当はどちらかに決まっているのに、知らないだけという状態とは違います。
- 二重スリット実験の縞模様は、重ね合わせによる干渉で説明できます。
- 大きなものではデコヒーレンスにより、干渉がすぐに観測できなくなります。
量子技術に関わる共同研究開発契約・ライセンス契約、特許による技術の保護、外為法規制対応など、具体的な事案については弁護士にご相談ください。iCraft法律事務所でもご相談をお受けしています。
連載「量子ノート」
- 前の記事:第1回 量子ビットとは?0と1を重ね合わせる情報の単位をやさしく解説
- 次の記事:第3回 量子もつれとは?離れた粒子に現れる不思議な相関をやさしく解説
- 連載の一覧:量子ノート(非技術者でも理解できる量子技術)
本記事は、量子技術に関わる業務に携わっている弁護士である筆者が、大学時代の教科書や論文などを読み直し、自分なりの理解をまとめたものです。量子技術の専門家の方からご覧になると、不正確な点があるかもしれませんが、その点はどうかご容赦ください。
更新履歴:令和8年10月 公開(noteで公開した連載を改訂して掲載)
