連載「量子ノート」第9回(非技術者でも理解できる量子技術)
大規模な量子コンピュータが実現しても、暗号の鍵を安全に共有できるのでしょうか。量子鍵配送なら、安全性が計算の難しさではなく物理の法則に基づきます。
- 量子暗号通信は、量子の性質を使って鍵を共有する量子鍵配送(QKD)を使った通信です。
- 盗聴者が光子を測ると一定の確率で状態が乱れるため、エラーの割合から漏えいの量を見積もれます。
- 安全性は物理の法則に基づきますが、認証や装置の不完全さを突く攻撃への対策が欠かせません。
- 実用化が比較的進む一方、距離の制約や中継技術、装置の小型化・低コスト化が課題です。
執筆:弁護士・弁理士 内田誠(iCraft法律事務所)/執筆時点:令和8年9月
暗号の弱点は「鍵」の受け渡し
インターネットで買い物をしたりメールを送ったりするとき、私たちの情報は暗号によって守られています。暗号では、「鍵」と呼ばれるデータを使って情報を読めない形に変え、鍵を持つ人だけが元に戻せるようにします。
問題は、この鍵を相手とどうやって安全に共有するかです。現在広く使われている方法の多くは、「非常に大きな数の素因数分解は現実的な時間では解けない」といった、計算の難しさを安全性の根拠にしています。ところが、大規模な量子コンピュータが実現すると、こうした問題が解けてしまうおそれがあることが分かっています。
盗み見ると痕跡が残る
そこで考え出されたのが、量子の性質を使って鍵を共有する「量子鍵配送(QKD)」で、これを使った通信を「量子暗号通信」と呼んでいます。1984年にベネットとブラサールが提案した「BB84」という方式がよく知られています。
代表的な方式では、光の粒(光子)一つひとつに0か1の情報を乗せて、光ファイバーなどで相手に送ります。このとき送り手は、情報の乗せ方を、他人には分からない形でランダムに切り替えます。途中で盗聴者が光子を測って情報を読み取ろうとしても、乗せ方が分からないため、一定の確率で光子の状態を乱してしまいます。量子状態はコピーできないため、複製してこっそり測ることもできません。
送り手と受け手は、受け取ったデータの一部を照らし合わせてエラーの割合を調べ、盗聴者に漏れたおそれのある情報の量を見積もります。エラーが多すぎて安全な鍵を作れないときは、そのデータを捨ててやり直します。安全な鍵を作れる場合も、残りのデータをそのまま使うわけではありません。誤りを直したうえで、漏れたおそれのある分を差し引く処理(秘匿性増強)を行い、短くても安全な鍵に仕上げます。
計算能力に左右されない安全性
量子鍵配送の安全性は、計算の難しさではなく物理の法則に基づいています。そのため、必要な前提を満たせば、盗聴者のコンピュータがどれほど高性能でも、鍵の情報が漏れるおそれを十分に小さく抑えられます。その前提として、データを照らし合わせる通常の通信で、相手が本物であることを確かめる仕組み(認証)が欠かせません。また、実際の装置の不完全さを突く攻撃への対策も別に必要です。
なお、量子鍵配送で送るのはあくまで鍵で、実際のデータはこの鍵で暗号化して通常の回線で送ります。
実用化が進む量子技術
量子暗号通信は、量子技術の中でも実用化が比較的進んでいる分野です。日本では、情報通信研究機構(NICT)などが2010年に都内で「東京QKDネットワーク」を構築し、長く実証を続けてきました。中国は2016年に量子通信の実験衛星を打ち上げました。その後、衛星から地上の1200キロメートル離れた2地点へ、量子もつれの状態にある光子を届けることに成功しています。
一方で、光子は長い距離を進むと失われやすいため、距離が長くなるほど鍵を作れる速さが落ちます。光ファイバーで直接やり取りする一般的な方式では、100キロメートル程度が目安の一つとされていますが、実際の距離は方式や回線の条件によって変わります。より遠くと通信するための中継の技術や、装置の小型化・低コスト化などが課題として残っています。
よくある質問
- 量子鍵配送ではデータそのものを光子で送るのですか?
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いいえ。量子鍵配送で送るのはあくまで鍵で、実際のデータはこの鍵で暗号化して通常の回線で送ります。
- 盗聴されていた場合はどうなるのですか?
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送り手と受け手はデータの一部を照らし合わせてエラーの割合を調べます。エラーが多すぎて安全な鍵を作れないときはデータを捨ててやり直し、作れる場合も漏れたおそれのある分を差し引く処理を行って安全な鍵に仕上げます。
- 量子暗号通信はどのくらいの距離で使えますか?
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光ファイバーで直接やり取りする一般的な方式では、100キロメートル程度が目安の一つとされています。ただし、実際の距離は方式や回線の条件によって変わります。
まとめ
- 量子暗号通信は、量子の性質を使って鍵を共有する量子鍵配送(QKD)を使った通信です。
- 盗聴者が光子を測ると一定の確率で状態が乱れるため、エラーの割合から漏えいの量を見積もれます。
- 安全性は物理の法則に基づきますが、認証や装置の不完全さを突く攻撃への対策が欠かせません。
- 実用化が比較的進む一方、距離の制約や中継技術、装置の小型化・低コスト化が課題です。
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本記事は、量子技術に関わる業務に携わっている弁護士である筆者が、大学時代の教科書や論文などを読み直し、自分なりの理解をまとめたものです。量子技術の専門家の方からご覧になると、不正確な点があるかもしれませんが、その点はどうかご容赦ください。
更新履歴:令和8年10月 公開(noteで公開した連載を改訂して掲載)
